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富岡製糸場が世界遺産に!今学ぶ製糸場の歴史と行き方・アクセス

富岡製糸場が世界遺産に!今学ぶ製糸場の歴史と行き方・アクセス

日本の世界遺産がまた1つ増えそうだ。
日本史の教科書にも載っており、明治時代から日本の産業を支えてきた富岡製糸場がついに世界遺産に登録される見通しだ。

世界遺産登録以後、今まで以上の観光客が訪れることが予想されている。
そのため、今回は今一度富岡製糸場の歴史を紐解くとともに、新たな世界遺産への行き方・アクセスをお伝えする。

富岡製糸場の歴史

では、なぜ厳しいと言われるユネスコの審査基準をクリアして、富岡製糸場が世界遺産登録確実となったのだろうか。
それは富岡製糸場が歩んだ歴史をユネスコが高く評価したからだった。

ユネスコ曰く、
「十九世紀末期に養蚕(ようさん)と生糸(きいと)産業の革新に決定的な役割を果たし、日本が近代工業国に仲間入りする鍵となった」
と。

富岡製糸場は、明治5年に日本で最初の官営の製糸場として建てられた。
官営というのは、今風にいえば国立つまり国家主導で建設した初めての製糸場だ。

しかしながらこの時、日本にはまだ器械を使った製糸技術が未熟だったため、外国の技術を導入することになる
そのため、日本での製糸場建設や製糸技術を、お雇い外国人のフランス人技師ポール・ブリュナが指導した
横浜のフランス商館勤務だったブリュナは武州、上州、信州で実地調査を行った結果、養蚕が盛んで、水や石炭が確保できる現在の群馬県富岡市を建設地に選んだのだった。

富岡製糸場が完成すると、そこへ労働者を集めることになった。
製糸場で働くことになったのは、全国から集められた約四百人の女性工員
彼女たちの中には、廃藩置県で地位を失った旧士族の娘たちや戸長の娘などをはじめとした身分の高いお嬢様も存在していた。

そんな彼女たちがフランス人技術者のもとで製糸技術を職場で実践を通して取得していき、やがて全国にその技術を伝えることになる。
そして、養蚕から製糸まで、全て日本国内で賄い、そうして完成した生糸を外国へ輸出することで、日本に多くの富をもたらしたのだ。

富岡製糸場ブラック企業疑惑

日本史の授業で、
「女工は厳しい労働環境で働かされ、『女工哀史』『ああ、野麦峠』といった本が書かれました。」
といった解説がされることから、


このような印象を持つ方が多い富岡製糸場。

では、実際はどうだったのかというと、他の製糸場と比べるとかなりの「ホワイト企業」だったのだ

まず、労働時間などの基本労働条件であるが、富岡製糸場の労働時間は1日約8時間
さらに週休1日のほか夏休み冬休みが10日間ずつある。

賃金は、年功序列ではなく能力によって定められた。
実際に彼女たちが手にした1ヶ月の給料は

一等工女25円
二等工女18円
三等工女12円
等外工女9円

となっており、当時1円=現在の2万円ほどであることから、現在の価値に換算すると、

一等工女50万円
二等工女36万円
三等工女24万円
等外工女18万円

となる。

またこれとは別に作業服代として、夏冬に5円(現在だと10万円ほど)ずつ支給され、さらに食費や寮費などは製糸場が負担していたことから、女工らにはかなりの金が支払われていたことがわかる。
そのため、寮の中にある欧米の香水・化粧品の売店で散財してしまう女工が出現することもあったのだとか。

しかしながら、超ホワイト経営を進めていくうちに、富岡製糸場の経営状態は悪化し、運転開始から8年ほどで事実上の経営破綻となってしまい、民間企業に売り払われることになってしまうのだ。

そして、明治26年に民間企業に売却された富岡製糸場では、以前よりも厳しい労働条件で女工たちが働くことになった
労働時間は12~14時間ほどで、休日は月に2日与えられたのだった。

確かに今の価値観で判断するとこれはブラック企業である。
超絶ホワイト企業のブラック企業への転落のように見えるかもしれない。
しかし、他の民営の製糸場と比べると、これでもスペシャルホワイトな製糸場だったのだ。

他の製糸場では、労働時間は基本的には12時間ほどであるが、中には24時間働き詰めとなることもあったのだとか。
また、恐怖による女工の支配も見られた。
製糸場の周りに鉄条網を張り巡らし、見張りによって女工らは監視され、脱走を試みようとした者は見せしめのために公開リンチを喰らったという。

また、衛生環境も決していいとはいえないもので、結核にかかって命を落とす者や、精神を病んで自殺する者もいた。

この他にも悲しい話はいくらでもある。詳しくは、あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史 (角川文庫)などを是非ご覧いただきたい。

富岡製糸場への行き方・アクセス

電車の場合上州富岡駅が最寄り駅
電車で行かれる場合は、上信電鉄の上州富岡駅が最寄り駅となる。
JRを利用される方は、JR高崎駅まで行った後に上信電鉄への乗り換えとなる。

駅から徒歩10分ほどで富岡製糸場に到着する。
富岡製糸場 世界遺産 歴史 行き方 アクセス
車の場合上信越自動車道富岡I.C下車
富岡I.Cを下車してから、各駐車場まで10分ほど。
富岡製糸場には駐車場がないので、近隣の駐車場に駐車することになる。

富岡製糸場公式サイトにあるガイドがわかりやすいので、そちらを転載させていただく。
富岡製糸場 世界遺産 歴史 行き方 アクセス

世界遺産登録に対するネットの声

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